脱常識思考ラボ

「なぜ」を問い直す思考実験:目標達成のその先にある、真の価値創造への道

Tags: 思考実験, 目標設定, 価値創造, リーダーシップ, 組織変革

導入:目標達成のその先に潜む、見過ごされがちな問い

多くの組織やプロジェクトにおいて、目標設定と達成は成功への絶対的な要件として認識されています。日々の業務は、KPIの達成や納期厳守といった具体的な目標に紐づけられ、私たちはその達成に全力を注ぎます。しかし、その目標自体が本当に組織や顧客にとって最も価値のあるものなのか、という根源的な問いを深掘りする機会は、意外にも少ないのではないでしょうか。

プロジェクトマネージャーとして長年の経験をお持ちの皆様も、時には「なぜこの目標を追っているのか」という疑問を抱きながらも、既存のプロセスや組織の慣習の中で問いを深めることを躊躇する場面があったかもしれません。目標を盲目的に追い続けることは、やがて手段が目的化し、本質的な価値創造の機会を見過ごすリスクを孕みます。

本稿では、この「目標設定の常識」を一度疑い、「なぜ」を徹底的に問い直すことで、表面的な達成に留まらない、真に意味のある価値を生み出すための思考実験と具体的なアプローチを提案いたします。

思考実験:目的の深掘りと「逆説的目標設定」

私たちは「目標」と聞くと、達成すべき具体的な数値や状態を想像しがちです。しかし、ここではその前提を一時的に手放し、より本質的な問いへと向かいます。

1. 「Why-Why-Why」思考実験

皆さんの現在担当されているプロジェクト、あるいは組織が掲げている重要な目標を一つ取り上げてみてください。そして、その目標に対し、次の問いを最低5回繰り返して自問自答してください。

問い:なぜ、その目標を達成したいのですか?

例として、「来期、新規顧客獲得数を20%増加させる」という目標を考えてみましょう。

  1. なぜ、新規顧客獲得数を20%増加させたいのか?
    • → 事業の成長を加速させたいからです。
  2. なぜ、事業の成長を加速させたいのか?
    • → 市場での競争優位性を確立し、企業の存続と発展を確実なものにしたいからです。
  3. なぜ、競争優位性を確立し、企業の存続と発展を確実なものにしたいのか?
    • → 従業員とその家族の生活を守り、彼らが働きがいを感じる環境を提供し続けたいからです。
  4. なぜ、従業員が働きがいを感じる環境を提供し続けたいのか?
    • → 私たちの提供する製品やサービスを通じて、社会に貢献するという創業時の理念を実現したいからです。
  5. なぜ、社会に貢献したいのか?
    • → 私たちの技術が特定の社会課題を解決し、人々の生活をより豊かにすることに喜びを感じるからです。

このプロセスを通じて、最初の「新規顧客獲得数20%増」という数値目標が、単なる数字の羅列ではなく、「社会課題の解決」「人々の生活の豊かさへの貢献」という、より深遠な目的と価値に結びついていることが明らかになるかもしれません。

2. 「逆説的目標設定」思考実験

次に、あなたが設定している目標や、追っているプロジェクトのゴールに対し、意図的に逆の視点から問いを投げかけてみましょう。

問い1:もし、この目標が達成されなかったとしたら、何が本当に困るのでしょうか? 問い2:もし、この目標が達成されたとしたら、どのような「意図しない負の影響」や「副作用」が生じる可能性があるでしょうか?

例えば、「コストを20%削減する」という目標の場合。

この逆説的な問いかけは、目標の達成がもたらすであろう「ポジティブな側面」だけではなく、潜在的なリスクや見落としがちな側面を浮き彫りにします。これにより、目標設定の初期段階でより多角的でバランスの取れた視点を取り入れることが可能になります。

解説と示唆:目標の「本質」を見極める視点

これらの思考実験は、目標を「手段」ではなく「目的達成のための手段」として捉え直し、その背景にある「本質的な価値」や「真の目的」をあぶり出すことを意図しています。

「Why-Why-Why」思考実験は、サイモン・シネックが提唱する「ゴールデンサークル」における「Why(なぜやるのか)」を深掘りするプロセスに通じます。表面的な「What(何をするのか)」や「How(どうするのか)」に囚われず、組織やプロジェクトの「存在意義」や「パーパス」に接続することで、目標に対するメンバーのエンゲージメントを高め、より持続可能で意味のある行動へと導きます。

また、「逆説的目標設定」は、ハーバート・サイモンが提唱した「限定合理性」の概念と関連し、人間の意思決定が完全な情報と分析に基づいて行われるわけではないという現実を認識します。目標達成が常に最善の結果をもたらすとは限らないという視点を取り入れることで、より堅牢でレジリエントな戦略を構築するための洞察を得ることができます。これにより、目標設定の過程で生じるかもしれない「思考の盲点」を減らし、予期せぬリスクに対する備えを強化することが可能になるでしょう。

実践への応用:リーダーシップと組織変革のために

これらの思考実験で得られる洞察は、日々のプロジェクト運営から組織全体の戦略策定に至るまで、多岐にわたるシーンで応用可能です。

  1. プロジェクト目標の見直しと共有: プロジェクト開始時や重要な節目において、チームメンバーと共に「Why-Why-Why」思考実験を実施してください。各タスクが上位の目的、ひいては組織のビジョンにどのように貢献するのかを明確にすることで、メンバーのモチベーション向上と自律的な行動を促します。
  2. リスクマネジメントと機会発見: 「逆説的目標設定」の問いを定期的にチームで議論することで、目標達成に伴う潜在的なリスクや、見過ごされがちな機会を早期に発見できます。これは、単なるリスク回避に留まらず、新たな事業機会の発見や、より革新的な解決策の創出に繋がる可能性があります。
  3. リーダーシップにおける対話の質向上: リーダーとして、部下からの提案や計画に対し、常に「なぜ、そうしたいのか」「その結果、何がもたらされるのか」という問いを投げかける習慣を身につけてください。これは部下の思考を深掘りさせ、主体性と創造性を引き出す強力なコーチング手法となります。
  4. 組織文化の変革: 組織全体で「Why」を問い続ける文化を醸成することは、表面的な成果だけでなく、真の価値創造を目指す組織へと変革するための基盤となります。これは、顧客中心主義の徹底や、持続可能な成長を実現する上で不可欠な要素です。

まとめ:常識を疑い、本質を追求する旅へ

目標を追うことは重要ですが、その目標が何のために存在するのか、達成の先に何があるのかを深く考察することは、それ以上に重要です。私たちはとかく、数値目標や目に見える成果に囚われがちですが、本質的な価値は、しばしばその背後にある「なぜ」の中に隠されています。

この思考実験を通じて、皆さんがこれまでの「当たり前」とされていた目標設定の常識を疑い、自らの、そして組織の真のパーパス(存在意義)と価値を見出すきっかけとなることを願っています。常識を疑い、本質を追求するこの旅は、常に新たな発見と創造の機会をもたらすでしょう。